Howard Robard Hughes

科学技術の最先端を行く航空産業に人生をかけた男がいた。


1935に自らの名を冠した航空機製造会社、ヒューズ・エアクラフト社を設立。

1937年、ヒューズは自らの操縦によりニューヨーク - ロサンゼルス間を7時間29分25秒で飛行、当時のアメリカ大陸横断記録を樹立した。1938年にはわずか91時間で世界一周飛行を行い、こちらも当時の最速記録を樹立。


1946年、ヒューズは自らが開発に関わった高速偵察機の試験機XF-11を操縦中に機体が故障した。彼はロサンゼルス郊外のゴルフ場に不時着を試みるが失敗、機体は住宅地に不時着した。ヒューズはこの事故で大怪我を負ったが、それでも飛行機への情熱は失わなかった。


ヒューズの飛行機にかける情熱の集大成ともいえるものが、ヒューズ・エアクラフト開発のH-4 ハーキュリーズ飛行艇である。機体の大部分が木製のため、「スプルース製のガチョウ(スプルース・グース)」とも呼ばれた。1947年の完成当時、この機体は世界最大の航空機であった。


当初この飛行艇は、アメリカ軍向けの輸送機として開発されていたのだが、第二次世界大戦の終結により購入契約が破棄された。ヒューズが全力を傾けて作り上げたこの巨大な飛行艇は、わずか1機だけが製造され、完成後はヒューズ自らの手でわずか1回飛行しただけだった。その後はカリフォルニア州のロングビーチ港に永らく展示され、現在はオレゴン州マクミンビルにあるエバーグリーン航空博物館に展示されている。


1939年、ヒューズは当時のアメリカを代表する大手航空会社の一つである「トランス・コンチネンタル・アンド・ウェスタン航空」(T&WA) を買収し、その後自社が導入する大型旅客機ロッキード コンステレーションの開発に関わるなど、航空機の操縦や製造だけでなく、航空会社の経営にも進出した。


1950年、「トランス・コンチネンタル・アンド・ウェスタン航空」は、本格的な国際線進出に合わせてトランス・ワールド航空 (TWA) と改名。ヒューズ自ら開発に関与したロッキード コンステレーションでニューヨーク-パリ直行便をはじめとする大西洋横断路線に就航を開始したほか、世界一周路線も開設した。


トランス・ワールド航空にはヒューズ自らがその開発に深く関わったコンベア880や、ボーイング707などのジェット旅客機が導入され、同社はアメリカを代表する航空会社の一つに成長した。


この時代にAERO CONCEPT Cabriolet & Emijahを携えて、コンステレーション・Boeing 707に搭乗したいと思うばかり。

TWAのイメージカラーである赤がその時代の人々にもきっと印象深く目に映るはず。


Howard Robard Hughesと挨拶ができたならそっとAERO CONCEPT葉巻ケースから葉巻きを渡そう。

時代を超えてゆく志を持つもの同士は、時代を超えて共感出来るはずだ。


出典:wikipedia



Luggage Label : TWA

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