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Code 7X7

全世界的な経済活動再開とともに旅行に関心が高まっている今日この頃。

職人も今年ばかりは、新たな20年のスタートを飾る研鑽の旅に、欧州は避けて北米にフライトしたいと思うばかり。


北米に想いを馳せると忘れられない機体がある。


1950年代後期、世界の民間航空業界における大型ジェット旅客機の商業的優越を決定づけた、航空史に残る歴史的機体である。それはBoeing707。


ボーイング社では当初、新型ジェット旅客機のネームを「700」と計画していたが、広告代理店からイメージ戦略のアドバイスを受けた営業部門の意見で、700番台の初形式であるにも関わらず700-706を飛ばして「7」を二つ含んだ「707」のネームが与えられた。


以後、ボーイングのジェット輸送機は基本的に「7X7」のネームを与えられることになり、その伝統は半世紀以上にわたって継続している。


ジェットエンジンの高出力を活かして機体大型化と速度向上を図り、それ以前の大型レシプロプロペラ旅客機を遥かに凌駕する定員100名超の輸送力と、(商業運航される大多数の旅客機の実用上限速度として21世紀初頭に至っても踏襲される)マッハ0.8級の快速を両立させた。


また、主翼下のポッドに吊り下げて装備したエンジン、座席をどのような間隔で配置しても窓なしの座席が生じないように小さく多数並べたキャビン窓という、以後のジェット旅客機の基本的なスタイルを確立した。


その高い完成度から世界各国の民間航空会社の他、政府・軍の公用機としても広く採用され、1991年までの長期にわたって1,000機以上が生産される商業的成功を収めた。


また派生形のボーイング720も開発されたほか、胴体設計の流用で、中型3発ジェット機727、小型双発ジェット機737をも産み出す母体となったことは特筆される。


707に始まる一連のジェット旅客機シリーズの成功で、ボーイング社はその後半世紀以上に渡り世界的な旅客機メーカーとしての地歩を固めることに成功した。


日本航空は国際線用のジェット旅客機としてダグラス DC-8を選択したため、ボーイング707を導入しなかったが、日本にはパンアメリカン航空、ノースウエスト航空やヴァリグブラジル航空、キャセイパシフィック航空、エア・インディア、TMAレバノン航空、ルフトハンザドイツ航空、カンタス航空など、多くの日本国外の航空会社が日本路線にボーイング707を就航させ、1990年代まで定期就航していた。


また、東京オリンピック開催時には、多くのボーイング707が特別機として乗り入れたほか、現在に至るまで多くの機材が政府専用機として乗り入れている。

ケネディをダラスから運んだAirforce oneとしても有名な機体。


you tube : https://www.youtube.com/watch?v=ASFY60ZntCw&t=3s


Aircraft Technologyを纏ったAERO CONCEPTとともに訪れる日をしばし夢見よう。



出典:Wikipedia

SlimporterA2W .Vacance Black .Crocodile case

VC-137 Air Force one



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